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微笑み知らずのマリア



 

♯現代ペットパロ
♭幸村が犬で、佐助が猫です
♪ごしゅじんさまを癒そうの会






 玄関から施錠の外れる音が聞こえる。カチリ、と。人間にとってはほんの些細な音であろうとも、猫である佐助はもちろん、犬である幸村にもはっきりと聞こえた。
主人の帰宅の音に、幸村はふさふさとした尾っぽをぐるんぐるんと喜びに振り回して玄関へと向かう。おかえりの意味を込めて、主人に飛び掛るためだ。開い たドアから現れた主人に向かって予定通りのダイブを決め込もうとした幸村だったが、それは俯きがちな主人の足早な行動によって叶うことはなかった。主人は それはもう、脱ぎ散らかす勢いでスニーカーを脱ぐと、荒立てた足音を立ててつんのめるようにソファに飛び込む。そうしてそこにあったクッションに顔を埋め て、それっきり黙りこんでしまった。
これはこれは、凄く珍しいことだ。何があったのか皆目検討も付かない。
佐助の主人といえば、至極あっさりとした人間なのだ。大雑把。ポジティブというわけではないが、持ち前の客観性を発揮して物事を割り切って理解すること が出来る。しかしそれでも雑多な感情ばかりが芽生える人間であるのだから、たまには情けない姿を見ることもあるが、これはよほど重症に見える。少なくとも 今までにはなかったケースだ。
くうん、と情けない声を上げながら、幸村が遅れて玄関の方から戻ってくる。先程まで元気に振り回していた尻尾は弱弱しく垂れ、今にも泣きそうな眸がいつ も以上に濡れていた。きらきら、というよりは、うるうるとした眸で幸村は佐助を見上げる。食器棚の上の狭い空間でくつろいでいた佐助は、一部始終を見下ろ していたわけだが、今はまだ何か行動を移す気はない。垂らしていた尻尾の先端を少し振るってそう伝えてやると、幸村はまるで失望したかのような眼差しで見 上げてから、くんくんと鳴いて主人の腕に鼻先を押し付けた。
(そもそも、俺たちで癒されるようなら無理矢理にでも抱きしめてると思うけど)
現に、主人が凹んだ時はそうなのだ。嫌なことがあったりするときには、玄関先で飛び掛る幸村を逆に待ち構えていて、ぐしゃぐしゃと撫でまわしながら気の済むまで離さない(それはもう旦那の自慢の毛並みがこんがらがるくらい!)。
だからこそ、佐助は主人の行動を持て余していた。佐助には、うつ伏せてソファに突っ込んでいる主人の背中が、放っておいて欲しそうに見えたからだ。
 幸村はとても心配そうに主人の腕を鼻で突く。だらしなく垂れた主人の手が床に伏せていた。その掌にふんふんと湿った鼻をくっ付けて、持ち上げるように押 してみる。主人が、クッションから僅かに顔を持ち上げて幸村を見た。主人はゆっくりと上体を持ち上げて、ソファに座りなおす。膝の上に前足を寄せて身を乗 り出してきた幸村の鼻を、ぺちっと叩いた。怯んだ幸村の横をすり抜け、主人は真っ直ぐに食器棚へと――――正確には、我が物顔でそこに居座る佐助を見上げ た。

「…………佐助、Come.」

佐助は食器棚の上からはみ出た尻尾を左右に揺らすだけだった。主人は名前を呼んでいたが、3回目かそこらで早くも堪えきれなくなったらしい。佐助の尻尾を引っ掴むと、力任せに引き摺り下ろすという暴挙に出た。
にぎゃー、とか。ぎにゃー、とか。そんなような悲鳴を上げ、棚に爪を立てて精一杯の抵抗を試みるのだが、暗雲纏った主人は許してはくれなかった。ぎじぎじと嫌な音を立てて掴まっていた爪が棚から離れる。成すすべもなく、主人の腕に収まる。
主人は少しだけ長い佐助の毛並みをゆっくりと撫でて、丁度耳の下の辺りに鼻を寄せた。佐助自身、もう抵抗する気なんて無い。
(何処へ逃げても引きずり出されそうだしね)
主人の指は長い。かといって繊細かといえばそうでもなく、節くれだった男の手だ。手の甲には筋が張っていて血管が浮いているし、最近は十も年上の幼馴染を真似て土いじりを始めたものだから、手も少し荒れている。
しかしその見目とは異なり、毛並みを撫でる手つきはひどく優しい。
というより、ツボを心得ているのかもしれない。
主人の指は耳の下から咽喉元を通って、顎までを指の腹で掻くように動かす。強弱をつけて、時には掌全体で撫でて。そうして思う存分、佐助をほぐした後、 指先はゆっくりと下って胸から腹に掛けてを広く撫でる。他の部位の毛に比べて柔らかなそこは、一層愛しげな手つきになるのだ。
眇めた目で主人を見てみるけれども、抱かれているこの位置からでは顔がよく見えない。背中に触れる呼吸を感じながら、今度は床のほうに視線を落とした。幸村が羨望の眼差しで此方を見ている。ここに嫉妬の感情が混ざらないところが、とても幸村らしいと思うのだが。
(……あーあ。参ったなあ)

飼い慣らされるなんて、どうかしてる。



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